義母、義父の介護をしている日々、暗くなってもしょうがない! 笑い話にしちゃえ!


by coose
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カテゴリ:はじめに( 1 )

介護 -プロローグ-


はじめまして

数ヶ月前までは、数年続けていた、
お気に入りの韓国俳優を応援するブログを書いていましたが、
環境の変化や日々の状況で、書かない日が続き、今は冬眠しています。


私は、主人の仕事で11年ほど海外で暮らしていました。
子供は3人(上から、長男、長女、二女)いますが、
今は、まだだれも結婚はしていませんが、ほぼ皆独立し、
家には、主人の両親と私の3人と
14才になるメスのわんことの暮らしです。

主人は、1年半前からまた海外へ出稼ぎに行ってしまってます。

なぜ単身で・・・

それは
主人の両親の面倒を看るために私が残っているから。

主人は4人兄弟(上から 長女、長男、二女)→の末っ子です。

私が結婚した時、主人の両親との同居、これは決まっていました。
そして将来は私達夫婦が両親の面倒をみ看るんだと、
その時は、当たり前のように受け止めていました。

義父母は田舎の人で、義理父の定年後は、田舎に小さな家を建てて
夏は田舎、冬はこちらに、という二重生活をしていたので、
同居も、一年のうちの半分で、別にどうということもありませんでした。

私の結婚後、2年ほど子供ができるまで、私は仕事をしていたので
義父母とも、ずっと顔を付き合わせているわけではないので、
これといって嫁姑のそれはなかったです。 
てか、母はとても気さくな田舎のおばあちゃんで
逆に、仲良しでした。

3人の子育てで、忙しく暮らしてきたので、
なんでもテキパキと動いてくれる母の手はとてもありがたかったし^^


子供たちが幼稚園に行き、上の子が小学校に上がる頃には、
両親と私達との生活時間帯も違ってきたりで、
キッチン、トイレ、お風呂が一つというのもちょっと不便や無理があり、
完全別の二世帯住宅を建て、お互いあまり干渉することもなく
内ドアで、子供たちが行き来したりと、
ちょうどいい距離間で暮らしていました。


新居を建てて3年が過ぎた頃、主人に海外赴任の話が来て、
私達家族5人は、揃って海外生活をすることになり、
まだ、新しい家を離れるのは寂しかったのですが、
義父母に留守をお願いし、新居を離れることになりました。

(義父母と書くのは面倒なので、父母でいきます^^)

当初は5年くらいの赴任期間の予定でしたが、子供たちが日本に戻る時には
大学生になる歳になっていました。
上二人の子供たちが、大学入学のために順番に日本に帰国。
でも主人と私と二女は、まだ帰らなかったので、
長男がまず帰った当時は、母に食事の支度や洗濯をしてもらい
私としてはとても助かりましたね。

息子は、

『食べている時におじいちゃんが、勉強しろ、とか、早く寝ろとか、
必ず説教になるから、美味しく食べられない!』

と、文句を言っていましたけどね。。。

その2年後には、長女が帰国。 
おばあちゃんは、とても忙しい毎日になります。
二人の孫のご飯を作り、帰りを待ち。。。

孫を預かる日々、きっと、私が面倒をみてあげなきゃ!

と、とても生き生きしていたと思います。

そして、いよいよ、二女と共に、主人の本帰国が決まります。

2008年の7月でした。


いや~~、11年も日本を離れていたので、生活に慣れるまで
大変でした!

とにかく、今まではとてもスローライフだったのに、
いきなり家族が勢ぞろいして、その面倒をみなくちゃいけない!

当たり前のことなんですが^^;;

たくさんの料理、たくさんの洗濯、

たくさんの、たくさんの・・・・・です@@


わんこも帰国子女なので、日本の生活のストレスで毛が抜けたりするし!

一日の流れに慣れるまで一年以上かかったかな! 私^^;;

我が家は最寄りの駅からはちょっと離れていて、
赴任先では車の生活だったので、日本に戻っても、
その感覚が抜けず、主人と子供の、駅までの送迎が毎日。

そして、義父の月一の泌尿器と眼科、義母の月一の内科への
病院の付き添い&運転手

職業は? って聞かれたら、ドライバー って感じ。

忙しく過ごす日々・・・


そんな頃・・・


下の二人に異変が?!



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by kizuna215 | 2014-01-10 00:54 | はじめに